山形美術館における2回目の高橋龍太郎コレクション展として、2017年の「日本の現代アートがここにある!高橋コレクション・マインドフルネス決定版2017」以降にコレクションに加わった作品に重点をおいてセレクトし出品した。同館副館長・学芸課長の岡部信幸氏により「高橋龍太郎コレクションのルーツ」「象をうつす」「キャラクターイメージの遍(偏)在」「余白をみる 書、カリグラフィ、グラフィティ」「ヴァナキュラー 東北から生まれる」「メディウムと色、形」「絵画と陶 拡張するアート」と7章の構成で46作家の作品を展示。大谷有花、佐藤未希、友沢こたお、武田鉄平、名もなき実昌、衣川明子、土井沙織、やんツー、松下徹、川井雄仁、坂本紬野子 といった若い世代の初出品が多く新鮮な展示となった。また華雪が東日本大震災の後、宮城県で体験した風景に再び身を置くように制作した書のインスタレーション《木》は、コレクション後初めて完全な形で展示されることとなった。

展覧会タイトルは一色さゆりのミステリー小説『カンヴァスの恋人たち』から援用した。

カンヴァスの同伴者たち

高橋龍太郎

アートとミステリーの親和性は高い。 ホモ・ルーデンス論を持ち出すまでもなく、人間の脳の過剰さを色や形をもって描くアートと、言葉や文字で記すミステリーとは遊びを極めたものとして共鳴し合うからだろう。 モナリザをめぐってルーブル美術館の館長が殺される 『ダヴィンチ・コード』は世界的にベストセラーだが、日本では原田マハのアンリ・ルソーの名作《夢》にまつわる『楽園のカンヴァス』が知られている。それ以外の作家として、北森鴻、深水黎一郎、柄刀一と挙げればきりがないが、最近目立った活躍をしているのは、インクアートをテーマに『神の値段』で2015年「このミステリーがすごい!」大賞で1位になった一色さゆりだろう。

日本を代表する現代アートの画廊や美術館勤務の経験を経て、現代アートのリアルを描いている彼女には、地方の美術館に勤務する若い学芸員が、80歳の伝説的な画家の個展を担当する秀作『カンヴァスの恋人たち』がある。1枚のカンヴァスに描かれた肖像をめぐる愛の物語に打たれた私は、作者に連絡をとって、このタイトルを今回のコレクション展に採用させて頂くお許しを得た。

「カンヴァスの同伴者たち」

このタイトルはアーティスト、キュレーター、コレクター、スポンサー、そして今日ここに来館している皆様 一人一人がアートの同伴者であるという思いが込められている。今回のコレクション展を機に更に現代アートの同伴者の人たちを増やしていきたいところだが、私には少し屈折した思いもある。

もともと同伴者という言葉に特別な意味を持たせたのは、革命家レフ・トロツキーだ。1923 年に『文学と革命』のなかで、1920年代のロシア革命に共鳴し協力はするが積極的に参加しない文学者たちを「同伴者」Fellow Travelersと批判的に取りあげた。60年代の学生運動の時代にもそれに倣ってか、「全共闘なんて所詮、同伴者の 集まりなんだよ」と揶揄されたものだ。

しかしアルコール依存症治療の先達である精神科医なだいなだは、よくこう言っていた。 「主義、イズムってどこか純粋な響きがあって崇められるけど、アルコーリズムはアルコール中毒のこと。主義、イズムは訳せば中毒なんだから社会主義は社会中毒、資本主義は資本中毒、シオニズムはシオン中毒なんだ。」

特に政治的な主義主張が、アートに絡んでくるとその教条的中毒傾向がアートをプロパガンダへ貶めてしまう。 あのピカソでさえ党員だったときに描いた《スターリン肖像》や《朝鮮の虐殺》は他の作品と比較してもレベルが低い。

一方でアートはとても弱々しい存在でもある。「アートなんかなくても生きていける」と存在を否定される可能性さえある。そうならないようにするにはもう一度カンヴァスの前で皆がアートの意味に思いを馳せる必要があるのかも知れない。同伴者でなければ見えないものがあるはずだ。お互い等しく自由に影響し合いながらアートの豊かさを実らせていくには、私たち一人一人が「同伴者」Fellow Travelersとしてアートを愛する旅を続けるしかないのだ。

「カンヴァスの同伴者たち」、少し理屈ぽくなってしまったが、この戦争と天災の時代であればこそ必要とされる私たちの心構えをタイトルにしてみたつもりだ。共有していただけると幸いである。

初出:「カンヴァスの同伴者たち 高橋龍太郎コレクション」”Fellow Travelers of the Canvas: A Perspective on Contemporary Art of Japan from the Takahashi Ryutaro Collection” 展覧会リーフレット 山形県美術館 2014年

会場:

山形美術館

会期:

2024年4月5日 – 5月26日

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