大田区立龍子記念館とのコラボレーション企画第3弾。タイトルを「ファンタジーの力」(英語タイトル May It Be Your Tale)とし、自然災害や紛争、戦争、分断などが絶えない世界にあっても希望を見出す糧となる「物語」の力が、一人ひとりの「ファンタジー」を描く想像力から生まれると信じ、願いを込めた。高橋龍太郎コレクションから23人の作家を選び、川端龍子の作品とともに6章(旅立ち/そこにいるのは誰?/土と光、風の物語/夢の領域/海の物語/日々、物語はつづく〜見慣れた光景、大切なもの)+番外編(アトリエの異世界)を構成。共同キュレーターは児島やよい。さらにブックディレクター幅允孝(はばよしたか)氏の選書により、各章の物語をふくらませるイメージの本棚を共に展示。作品を観て、本を手に取り、想像の旅へ誘われるという鑑賞スタイルを提案する展示であった。別棟の川端龍子のアトリエにも3名の作家の作品と幅セレクション・ライブラリーを展示し、かつて龍子が制作に勤しみ、今また現代の作家の作品が息づく空間で90分間読書をする体験も新たに提案した。

ファンタシューム・ナイト

高橋 龍太郎

2023年10月ハマスの奇襲攻撃にみまわれたイスラエルの国防相は、ガザのパレスチナ人を「人間動物」と呼んだ。人間の形をした獣物たちと呼び、大規模空襲を今日に至るまで繰り返している。今回のブックリストに選ばれているル=グウィンの『いまファンタジーにできること』でル=グウィンは「人と動物は連続体か、二項対立か」という章の中でこう書き記している。

「この隣人関係あるいは仲間関係が肯定的にとらえられる場合、しばしば霊的な近縁関係とみなされた。この近縁関係では、概して動物が人間より目上の存在、人類にとっての先輩、先祖であると考えられた。動物たちはドリームタイムの人々だ」

「しかし…砂漠の部族はこのようには考えなかった。彼らは大地を、養ってくれる母体とは思わず、敵だとみなした。相互依存のネットワークではなく、支配するべき王国だと考えた。動物は人間からも神からも完全に切り離された。人間は神に委託されて、ほかのすべてを支配すべきだということになった。」

国防相の言葉は動物と人間への敬意を欠き、人間と動物を差別し人間と人間を差別している。

一方、ル=グウィンの言いたいことはたったひとつである。ファンタジーとは人間と動物も、そして人間と人間も霊的な近縁関係にあることを描き続けることであると。
ガザでは、パレスチナの歴史を描き続けることができないくらいに空襲による代表的な知識人、学者、そして科学者の死亡が続いている。その代表的な一人である詩人のリフアト・アルアライールは、NHK特集でも取り上げられた『私が死なねばならないとしても』と題する詩を遺していた。その終わりはこう結ばれている。

「わたしが死なねばならないとしても それが希望を伝えるものとなり ひとつの物語となるように」

物語とはル=グウィンのいうファンタジーのことであり、人間と動物、もちろん生きている人間と死んでいる人間も霊的に近縁関係で繋がっていることを指し示すものである。私達は、ファンタジーの力を信じて、少しずつでも支え合って生きて行くしかないのだ。

1922(大正11)年関東大震災の前の年、稲垣足穂は中央公論に『星を作る人』を発表した。その中に「ファンタシューム」という星の原料がでてくる。これは、これは、どう見ても「ファンタジーの元素」(ファンタジー+シューム)に由来する言葉だと思うが、それをもとに作られた流星群によって、神戸の夜は万華鏡のような天蓋に包まれて終わる。

100年経った今、願わくばガザの夜が空襲の閃光ではなく「ファンタシューム」によって作られた静かな流星群に包まれますように。

初出:「川端龍子+高橋龍太郎コレクション ファンタジーの力」公式図録兼書籍(2025年、求龍堂刊 ©︎2025大田区立龍子記念館)


「魔法の世界では、イメージできないものは実現できない。」*1

児島やよい 本展共同キュレーター

川端龍子と現代のアーティストの作品をリンクさせるテーマとして、今、設定すべきものは何かと考えていたのは2024年の初めだった。元日から能登半島が地震に見舞われ、辰年はドラゴンイヤー、振動、災いや争乱が起きやすいとの言説をいくつかネットで目にしていた。世界情勢も、ロシアのウクライナ侵攻は止まず、さらにはハマスのテロを発端にイスラエルのガザ侵攻、ヨーロッパでの極右政党躍進など絶望的な気持ちになることが続く。ドラゴンはそんな最凶アイテムなのだろうか。龍のモチーフを散りばめた龍子記念館で高橋龍太郎コレクションとのコラボレーション展を開くのに、何か希望のベクトルに向かう吉祥サインを見つけられるテーマはないだろうか。

ドラゴンといえば洋の東西を問わず人の想像力、ファンタジーの産物であり、おとぎ話、小説や漫画、アニメ、映画、ゲームなどに登場する。ファンタジーという観点で見てみると、川端龍子はファンタジー要素の強い作品を何点も描いている。現代アートにもファンタジー要素のある作品は見出せるし、そうでなくとも、作品を観る私たちが自分の空想したストーリーを重ね合わせて、それぞれのファンタジーを描くことはいつだってできる。壮大な物語でも良いし、日常の些細な出来事にまつわる小さな妄想でも良い。自分なりのファンタジーを持つ力は、厳しい現実を生きていく上で重要であるように思える。

そうして「ファンタジーの力」をテーマに、作品選定と章立て、展示プランの作成に進んだ。それぞれの章と作品について、また作家・作品の解説は別頁を参照いただくとして、キュレーション・メモ的なことを少し書いておきたい。

本展の準備と並行して、東京都現代美術館において「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」を準備・開催した(2024年8月3日〜11月10日)。同館のキュレーター、藪前知子氏により1946年生まれの高橋龍太郎の個人史と日本の戦後史を重ねて紐解き、コレクター高橋を形成した社会・文化背景の検証とともに日本の現代アートを展覧する大規模な企画で、115作家の作品243点を展示した。この質量・内容ともにハードコアな高橋龍太郎コレクション展の直後に提示する展覧会として、本展「ファンタジーの力」は作品に対しソフトなアプローチをとって鑑賞できることを目指した。ファンタジー要素や物語性のある作品だけでなく、観る人に能動的な解釈を促すような抽象表現の作品も意識して選んでいる。もちろん、川端龍子作品の選定と、現代アート作品との並びは熟慮を重ねて決めたが、現場で展示してみると想像を上回る作品同士の共鳴が起こり、実に楽しい作業となった。また龍子のアトリエでは、龍子の創作の日々と想念が染み込んだ空間に3作家の作品を展示し本棚を設置すると、なんとも稀有な響き合い−調和と違和感の共存−の生成を体験することができた。来館者にも感じ取っていただけたことと思う。

なお作品鑑賞と物語世界をリンクさせ、想像の翼を広げるおもしろさを伝えられることを目指してブック・ディレクターの幅允孝氏に選書を依頼した。出品作品から連想する物語や、あえて違うベクトルからテーマを考えるような示唆に富むディレクションにより、本展のテーマをより深く、より広がりのあるものとしていただいた。アート作品を観ることと、本を読むことの距離が縮まったと確信している。

「この世界は私たちが思うよりずっとファンタジーに満ちている。」

2024年末に放映されたNHKスペシャル「量子もつれ アインシュタイン 最後の謎」において、2022年ノーベル物理学賞を受賞したアントン・ツァイリンガー教授のインタビューを締めくくった言葉である。物理学とファンタジー。世界の真理を知ろうとする者には、事実を探究するのみならず想像力を働かせる「知」が求められるのだ。とすると、ファンタジーとはやはり、私たち人類にとって極めて重要で、「知」や真理の探求において必要不可欠なものなのだろう。私たちは、イメージできないことは実現できないのだ。魔法の世界でも、現実の世界でも。

日本の漫画やアニメのストーリーでは、しばしば日常から地続きで異世界へと接続される。ファンタジーとともに日常を生きていると言ってもよい。西欧では、物語とは現実に即したものでなければならず、ファンタジーは子ども向けの文学とみなされ軽視されてきたが*2、日本では老若男女が親しみ心の糧としてきた。「力による平和」に頼るしかなく報復・憎悪の連鎖を止められずにいる現実世界から、視点を変えファンタジーの力で平和と共存の道への糸口を見つける。楽観的かもしれないが、その可能性はあると信じてイメージし、実現できるようファンタジーの力を付けていきたいものだ。ガザで亡くなった詩人リフアト・アルアライールが、「物語ること」で反撃を呼びかけたことも忘れてはならない。

結びに、ル=グウィンの『いまファンタジーにできること』の「単行本版訳者あとがき」(谷垣暁美)から、少し長いが引用する。

「では真のファンタジーとは何でしょうか。ル=グウィンは定義を与えるのではなく、さまざまな可能性に向かって開かれた言葉でファンタジーとはどのようなものかを表現します。善と悪の戦いを描くのではなく、善と悪の真の違いを表現するのに役に立つもの。現実から逃避するのではなく、ほかの人たちがほかの種類の生活を送っているかもしれない、どこかほかの場所が、どこであるにせよ、どこかにあるという感覚や知識を取り戻すことで、ほかの選択肢を含む、より大きな現実を獲得するための道具。」

*1『葬送のフリーレン』vol. 6 第57話(山田鐘人原作、アベツカサ作画、小学館)
*2 『いまファンタジーにできること』アーシュラ・K・ル=グウィン 谷垣暁美訳 河出文庫

初出:「川端龍子+高橋龍太郎コレクション ファンタジーの力」公式図録兼書籍(2025年、求龍堂刊 ©︎2025大田区立龍子記念館)

会場:

大田区龍子記念館

会期:

2024年12月7日 – 2025年3月2日

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