後の時代のことは未来の人が決めるほかないので定かなことは言えないけれども、仮に百年後も「美術史」というものが(大幅にかたちを変えても)あるとしよう。その際、人類史における<20世紀以降の美術>というのを考えるとき、いくつかの区切りが画されることくらいは、いまから想定してみてもいいんじゃないか。現時点の様相から考えて、「世界大戦の時代」「冷戦の時代」「グローバリズムの時代」という大きな3区分をどう捉えるかは、抜き難い論点となりそうだ。
仮にそうだとして、美術の場合、前2者に対応するのは、最初が「欧州アヴァンギャルドの時代」、次が「アメリカ現代美術の時代」としても、極度にぶれた判断になるとは思えない。少なくとも完全に無視することはできなかろう。では、最後のグローバリズムの時代に対応する美術とはなにか。これは実は「湾岸戦争」「ユーゴ紛争」「9・11同時多発テロ」「対テロ戦争」などを経て、今なお続いている世界体制なので、なかなか即断できないところだ。けれども、ひとつだけはっきりしていることがある。それは、冷戦構造解体以後のグローバライゼーションの過程で、(現在の「国連」による発言力の弱体化を見てもわかるとおり)冷戦期まで続いて来た「インターナショナリズム」が、原理的な部分で大きく後退しているということだ。
インターナショナリズムとグローバリズムは、一見して地球規模の連帯という点で似ているようで、実際にはまったく反対の性格を持つ。「ナショナリズム」を互換(インター)することで消去するのが前者の国際性の基盤であるのに対して、後者においてはむしろ、当のナショナリズムの方が突出する。これは少し考えればわかることなのだが、ひとつには冷戦期に世界を二分していたイデオロギーの大きな対立下で、そうしたネーションをめぐる問題が棚上げをされていたことが挙げられる。しかも、イデオロギーとインターナショナリズムに取って代わるグローバリズムの浸透は、同時に、市場が世界規模で統合されることを意味した。すると何が起こるか。世界の互換性をうたった(もしくは目指した)インターナショナリズムと打って変わって、グローバルでの世界市場は、(たとえそれが文化であろうと)新たな競争相手(=差異化)を求めて、むしろみずからの属する固有のネーション(やマイナーな属性)を積極的に活用するようになる。つまり、グローバリズムの時代とは、新しいかたちでの「国家」や「民族」、「宗教」や「慣習」が、亡霊のように復活する時代でもあった。むろん、グローバリズムによってそれらの正統性が失われたからこそ、アーティストの自由な活動も可能となり、それらについての批評や流通も可能になったわけなのだが。
なかながと書いてきたのは、美術といえども、社会の激動と無縁では到底ありえないという確信から来ている。断っておくが、これは表現が社会によって丸ごと規定されているというようなことではない。むしろ、ある程度まで社会に規定されながらも、そのことを通じて社会の先へと世界を逆規定することで自律する表現こそが、真の意味で芸術の名に値すると信ずるからだ。表現の自律とは、いずれ崩されるありとあらゆる壁のように、制度によって神経質に、あるいは無神経に守られるものではない。激動し、互いが互いを呑み込み支配しようとする世界のなかで、知恵と技と感性を駆使して、流動する足場として確保されるべきものなのだ。それを文字通り「心臓」(器官としてのそれではなく)と言い換えてもいい。
すぐれたコレクションとは、後世から見たとき、そのような格闘の痕跡をとても具体的に、しかも魅惑的に刻んでいる。反対に、われわれが過去の作品を見るとき、そのような傷跡がない作品は、どこか弛緩して見える。逆に言えば、その程度のことは未来の人に簡単に見抜かれてしまうということだ。コレクションで言っても、単なる趣味人の物好きというのは、けっきょく虚ろだろう。その時代の息吹や苦しみ、喜びまでもが過去の物質を通じて「今」という時に再現され、直接語りかけて来るような作品の「群れ」のことを、僕は真の意味での古典的なコレクションと呼びたい。古典というのはいささか大袈裟かもしれないが、この時代の作品のうちどれかは、いずれそう呼ばれる権利と可能性を潜在している。それは確かだ。が、最初に書いたとおり、何が残るかはわれわれの与り知るところではない。けれど少なくとも、1989年にベルリンの壁が崩壊し、美術をめぐる状況も大きく変化して行くなかで、新しい時代と正面から対峙(ときに、それはとても<ひっそり>行われたであろう)して掴み取られた表現を探そうとするとき、日本でそれに値する役割を果たすのは、公の予算を与えられた立派な陣容の美術館の収蔵作品ではなく、高橋龍太郎という1個人によって集められたコレクションを置いて、ちょっと考えられない。
本来なら集められてよかった作品を収蔵できなかった美術館にとって、それが大幅な予算削減の時期に当たっていたなど、悪条件が重なったことは事実だ。けれども、より根本的には、日本の美術館が不透明な「今」を生きる未知の表現よりも、すでに固められた文脈の延長線上でしかコレクションを進めて来なかったことが実は大きい。その頃、元来は美術界とは無縁の人物が、制度や権威とは無縁なところで、もしかしたら全くの無価値かもしれぬ作品を探し当て、対価を払って入手し保管するという作業を、少しずつ、だが着実に進めていった。それは、見かけこそ地味な作業かもしれないけれども、まぎれもなく本物の勇気を必要とする行為だ。それが心臓部にあることを見誤らないかぎり、高橋コレクションはこれからも(集めた本人の手すら離れて)長く、われわれのまだ見ぬ未生の人たちも含め、この時代の美術の実相について、いっそう多くを語り続けていくだろう。
(さわらぎ・のい 美術批評家)